大人になってから友達を作ることは、案外むずかしい。
それを知ったのは、夫の転勤で埼玉から愛媛に移住した2015年、36歳のときでした。
まだ子どももいなくて仕事も決まらず、知りあいが誰ひとりいない新天地での生活は、しがらみのないノンストレスな環境でしたが、何のカテゴリーにも属さなかった私は、人と関わることがなく心にぽっかり穴があいたような虚無感におそわれていきました。
それまでの私はアート仲間や仕事関係者など、人並みに交友関係があったので、愛媛に移住する直前は連日連夜の送別会に明け暮れていたほど。
たいしてお酒も飲めないのに、ワイワイ、ガヤガヤとした賑やかな雰囲気が好きで、出会いに救われてきた人生だったので、移住しても「友達なんて、ふつうに暮らしていればいつかできるだろう」くらいに、たかをくくっていました。
でも、いざ愛媛生活がはじまって、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月…、会話をしたのは夫と両隣のご近所さんだけ。
あれ、、、友達って、どうやって作るんだっけ?
素朴な疑問が頭をよぎり、どこに行けば友達(とよべる人)に出会えるのか、どのタイミングで連絡先を聞けばよいのか、子どものころのかすかな記憶をたどりながら、ひとり悶々と考えていました。
このままじゃ、一生友達ができないかもしれない―。
そんなネガティブ思考に突入したときには、すでにSNSをシャットダウン。みんなのキラキラした投稿を、できるだけ視界に入れないようにしている自分がいました。
そんな状況を打破できたのは、古本屋さんの店主と、お惣菜やさんの店主の存在でした。
どちらも家から歩いて2、3分の距離にあり、店主がひとりで切り盛りする、4~8畳くらいの小さなお店。
古本屋さんは、好きな本がたくさん並んでいたので時間つぶしに通い、気になる本を手にとって読んだり、買ったり。
店主は私より少し若い30代前半の青年でしたが、おじいちゃんのような達観した落ち着きで、いつも決まった場所に下を向いて座っていました。
足しげく通ううちに、そんなマイペースな店主が気まぐれに珈琲を淹れてくれたりして、ポツリポツリ、会話を交わすようになりました。
私が手仕事や伝統文化に興味があると伝えると、愛媛の民藝や民俗学の本を紹介してくれたり、高知の和紙作りについて教えてくれたり、地元で活動する染織家を紹介してくれたり。
地に足がつかない観光気分でふわふわしていた私のアンテナが、一気に愛媛に向き始めたのを覚えています。
もうひとり、お惣菜やさんの店主は、たぶん私の母の世代。
年がずいぶん離れているにもかかわらず、嗜好や感覚、好きなものがとても似ていて、私が好きそうなショップや人を紹介してくれたり、地元素材の料理レシピを教えてくれたり、愛媛のイロハを教えてくれたり。彼女との出会いで愛媛での交友関係が一気にひらけていきました。
友達に年齢は関係ないことを教えてくれた、今も大切な友達です。
こうした経験から、秋田に移住が決まったときは、まず自分が好きそうなカフェやレストランを調べたり、活躍されている人の記事を読んだり、自分のアンテナが立つ情報を、わりと念入りに収集しました。
どんな傾向の街なのか、どんなコミュニティーがあるのか、どこに行けばより深い情報に出会えるのか、そんなことも探っていたような気がします。
下準備が役に立ったかどうかは分かりませんが、秋田入りしたときは長女が2歳、次女が0歳だったので、子どもをきっかけに出会いや繋がりを作ることができて、愛媛に移住したときほど、悩んだり、辛くなることはなかったように思います。まさに子どもパワーのおかげ。
とはいえ、移住して最初の2、3ヶ月に会話をしたのは、子どもの健診や支援センター、保育園の関係者など数人。子育てに忙殺されていたので、まぁそんなもんだろう…と、あまり悲観的にもならず、かといって希望も持ちすぎずに過ごしていました。
でも、つねに心掛けていたのは「友達になりたい」と思う人があらわれたら、恥ずかしがらずに連絡先を聞くこと。
断られたっていい。大人になってからの友達作りは、とにかくチャンスが少ないんだ!と自分にいい聞かせて、勇気を絞りだしました。
移住者には、自分でハードルを越えていく、この「ちょっとのがんばり」が必要なのです。
ただ独身時代とはちがった子育て真っ最中の友達作りは、せっかく連絡先を交換しても、仕事や居住環境でなかなか会えなかったり、子どもの年齢が離れていたり、学区が変わってしまったり。
どうにもならない局面もあるので、たとえ友達作りのスキルが上がっても、友達として共に歩んでいけるかどうかは分からないのが実情です。
でも、ライフステージによって友達は変わっていくもの。そう考えていると、あまり構えすぎず、固執しすぎない、ほどよい関係が築けるような気がします。
この「友達を作りたい」という感情は、とても前向きな思考だと私は思います。気持ちが沈んでいたり、ネガティブな思考になっていると、自分から友達を作ろうなんて気持ちにはならないもの。
自分以外の誰かと、時間、思い、情報などを共有することで、今の暮らしをより良くしたい、一歩前に進みたい、そうした思いの表れなのです。
慣れない土地での新生活は、ドキドキ、ワクワク、ソワソワ、ヒヤヒヤ。忙しい感情の連続ですが、一歩ふみだそうとしている自分に気付いたら、まずはほめてあげることが大切です。
移住者としても、ママとしても、がんばりをほめてもらえることは少ないけれど、自分を自分でしっかり認めてあげると、小さなつぼみのような勇気がポッ、ポッと芽をだします。
移住者の春は、行動こそがすべての鍵。
よき出会いがありますように―。

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Nowvillage (著)