先日発行したフリーペーパー vol.6は、削り花の特集です。
削り花とは、木を削って作られた、春の彼岸にお墓に供える造花のことです。(※東北の一部の地域では、木ではなく紙で作る地域もあるようです。)
東北地方でよく見られる風習で、私も秋田に移住して初めて知った風習でしたが、削り花について調べてると各地に木を削って作られた信仰物や習俗があることが分かりました。
民俗学ではこれを、削りかけ(ケズリカケ)と呼んでいます。

フリーペーパーは削り花がメインだったので、削りかけや類似の信仰物については詳しく書きませんでしたが、興味のある方や、本紙をきっかけに興味を持ってくれた方もいるかもしれませんので、こちらのブログで補足したいと思います。
まず、分類についてです。
フリーペーパーでは文中に、削り花、削りかけ、イナウという3つの名称が登場します。
初めて目にした方は「?」となったかもしれません。私も最初はこれらを分類するのに少し時間がかかりましたが大きくは、削りかけとイナウに分類して、話を進めています。

詳しくは、彼岸花としての削り花、東秩父のケズリバナ、角館のボンデンコを総称して削りかけと呼んでおり、アイヌに伝わる儀礼具をイナウと呼んでいます。
これらは、削りかけ習俗を研究する東京文化財研究所の今石みぎわさんの論文<花とイナウ>を参考にさせていただきました。
更に詳しく知りたい方は、ぜひ読んでみてください。
では、削りかけとイナウが、全くの別物か? 上記図のような線引きがきれいにできるのか? というと、また論点は変わります。
フリーペーパーの「あとがき」でも触れていますが、民俗学者の柳田國男さんは、削りかけとイナウはそれぞれの地域で偶発的に派生したものだと論じているのに対し、折口信夫さんは本州の削り花がアイヌに伝わったという説を唱えています。
民俗学を代表するお二人が異なる説を唱えていることでも分かるように、実はこれらの関連性や繋がりはハッキリと解明されておりません。そもそも、暮らしに根ざした土着的な信仰や文化の流れを紐解くことは、私たちが想像する以上に難解なことなのです。
ただ造形的にも類似点が多いので、比較してみると様々な妄想が膨らみます。
私も削り花について調べ始めた当初は、どこで発祥しどのように形成されたかや、イナウとの関連について着目していましたが、途中から歴史的経緯を追うのを諦めました。
一番の理由は、壮大すぎて手には負えないと匙を投げたのが正直なところですが、現代の削り花事情を調べて、できるだけ分かりやすく伝えることが今の私にできることかもしれないと思ったのが第二の理由です。
そんな経緯で、削り花、削りかけ、イナウの関連性はナゾのまま、調査の軸足をずらし、SNSを通して各地の皆さんに削り花の写真を送っていただくよう呼びかけました。

歴代の民俗学者らに「自分で調べんかい!」と、怒られそうな試みですが、コロナ禍で現地調査できないという理由を堂々と掲げSNSで呼びかけたところ、予想以上に反応してくださる方が多く、結果的に各地の美しい削り花に出会うことができました。
フリーペーパーでは送っていただいた削り花の写真が小さくなってしまったので、こちらで一部をご紹介したいと思います。
先ず、宮城から届いた削り花の写真がこちら。(撮影 junさん)

思わず本物と見間違ってしまいそうな、いや本物を越える存在感と美しさがあります。美的センスは、削り花のトップクラスではないでしょうか。
花はコシアブラの木を削って作られており、緑の枝葉は庭に生えたツゲの木が使われています。削り花と生枝の組み合わせが斬新です。この造形は宮城でも限られた地域だそうです。

ちなみにこれは市販品ではなく、なんと80歳を過ぎた叔父さんの手作りだそう(!)。
毎年春に削り花を作るため、庭のツゲの木もわざと選定しないで生やしておくなど、入念に準備されているようで、花にかけるあたたかな愛情が伝わってきます。

こちらは、福島から届いた削り花。(撮影:やまきさん)

お墓の前にわざわざプランターを置いて、土を入れ、削り花が一列に飾られています。
この写真が送られてきた時、微笑ましい光景に思わずにんまりしたのですが、目を凝らしてよく見ると数種類の削り花が同時に飾られていて驚きました。

削り花には、大きく分けて2つのタイプがあります。
ひとつは、Junさんの写真で紹介した花型の削り花。宮城などに多く、小刀などで削った繊細な花びらが特徴で、粟穂稗穂(アワボヒエボ)系と呼ばれています。
もうひとつは、鉋(かんな)で削った経木(きょうぎ)タイプの削り花。秋田に多く、数枚を重ねて花びらを構成したものです。

やまきさんの写真には、そんな2つのタイプの削り花が同時に供えられている稀少な事例だったので、かなりの衝撃を受けました。
削り花選びの段階から、時間をかけて準備をされた様子が伝わってきます。
そしてこちらは、こちらは秋田・大館の削り花です。(撮影:あべさん)

秋田に多い経木タイプですが、フリーペーパーで紹介している鈴木さんがつくるものとは花びらの形が少し異なり、コロンとした印象の可愛らしい削り花です。ビビットカラーも輝いています。
そして、つい目が行ってしまうのが、美味しそうなお重箱のぼた餅♡。湯飲みでお茶も淹れていて、お先祖様が喜んでいる姿が想像できます。
厳しい冬を乗り越えた春の穏やかな光景に、心がホッとあたたかくなりました。
削りかけについても、ご紹介します。
先ずは、角館のボンデンコ。

秋田では梵天祭りが各地で行われていますが、梵天を小さくしたような造形で、地域によってはボンデンコ、ボンデコ、祝い木、祝い棒、叩き棒などと呼ばれています。小正月行事にこれで新妻の尻を叩くと子宝に恵まれるという言い伝えがあるとか。
これはコシアブラの木を削って作られたものですが、角館だけでなく、横手など各地でも似たようなものが作られており、小正月行事の露店などで売られていたそうです。
残念ながら今は作り手がいなくなってしまいましたが、造形が削り花やイナウによく似ていて、通ずるものがあったので、今回ご紹介させていただきました。
東秩父には、ケズリバナという削りかけがあります。(撮影:ICHIYOさん)

これは彼岸花ではなく小正月行事に飾るもので、農作物の収穫など五穀豊穣を願って作られています。
まるでアート作品のような圧倒的な存在感と研ぎ澄まされた美しさがあり、一度見たら忘れない造形。連なるシンプルな花々が、自然の生命力を感じさせます。

イナウと同様、着色していないので、木そのものが持つ神聖な雰囲気を感じることができます。
山形・米沢の神花、一刀彫の「笹野花」については、以前のブログで紹介しているので、こちらをお読みいただけたらと思います。

【おまけ】
そもそもイナウに分類されるのかどうか分からず、結局フリーペーパーには掲載しなかったのが、こちら。
北海道で作られている守り神「セワ」。

北方民族の守り神として古くから親しまれているもので、事故除けのお守りだそう。北海道の知人に教えていただき、網走にある大広民芸店から取り寄せ、わが家にやってきました。
素朴なお顔に毎日癒されています。
今回ご紹介している削り花や削りかけ習俗は、あくまでも一例で、各地にはきっとまだまだたくさんの削り花や削りかけ習俗があると推測します。
身近な習俗や風習に目を向けてみると新たな発見も多く、暮らしや行事そのものがより楽しくなるので、このブログやフリーペーパーがそんなきっかけになったら嬉しいなと思います。
ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
今回、参考にした本はこちらです。
・秋田県角館町 「角館誌 第九巻(民俗行事・個有信仰・童揺編)」 角館刊行会 1985年
・今石みぎわ・北原次郎太 「花とイナウ」 北海道大学アイヌ・先住民研究センター 2015年
・瀬川拓郎 「アイヌの世界」 講談社 2011年
・折口信夫 「折口信夫全集2」 中央公論社 1995年
削り花、削りかけ、イナウの謎にもっと迫りたい方や、更に詳しく知りたい方におススメ。濃厚で奥深い民俗文化の世界を楽しむことができる一冊です。
フリーペーパーはオンラインショップから取り寄せることができます。(本誌は無料ですが、送料がかかります。)