【秋田折々】見えるもの 見えないもの

先日「金継ぎ」をする機会がありました。

今の仕事を始めて窯元の工人さんや作家さんたちと出会い、更に思い入れが強くなったうつわたち。使えば使うほど、愛おしさが増しています。でもその一方で、子どもたちの成長に伴い食卓は徐々に慌ただしくなり…、あっちでガチャ―ン!こっちでバリーン!と、1日に2枚割れてしまったことも(泣)。もう数えきれないくらいのうつわたちとサヨナラをしてきました。

割れた時は、とにかく早く片づけることに必死で、破片を広い集める余裕なんてありませんが、数年前のとある日はたまた4等分に割れたので「そうだ、いつか金継ぎしよう!」と思い立って、破片を洗いジップロックの袋に入れておきました。それから5年、棚の奥でひたすら眠っていたのですが、今回ようやく日の目を見ることができました。 

それは私の手にすっぽりおさまる小さめの飯椀で、ご飯も汁物もおかずも映える万能うつわ。蓋が付いているので、ちょっとした保存も楽でした。明治期に作られたもので、呉須の鮮やかな染付が美しく目を惹きます。愛媛で暮らしていた頃に松山の小さな骨董店で買った古砥部で、決して高級品ではありませんが東北に来てしまった今ではなかなか出会えないシロモノです。当時の思い出も、たっぷり詰まっています。

金継ぎを教えてくれたのは星耕硝子の亜紀さん。思いやりのある言葉ひとつひとつが、作業工程とともに優しく心に響きました。破片を組み合わせて元の形に戻す作業は、消えかけていた当時の思い出や何気なく交わした会話が蘇ったりしてきて、心地良い時間でした。なんていうか、タイムマシンに乗って時間軸を戻り壊れてしまったところをコツコツ修復したような、そんな感覚です。あの時の、あの瞬間の自分と少しだけ対峙できたような気もして、胸のつかえがスッと取れました。修復はモノを直すだけでなはく、心を治癒する効果もあるんだなぁとしみじみ。

話は少し変わりますが、先月、次女(2歳)の咳が1ヶ月以上続いていました。熱はなく咳だけが続き、病院でもらった風邪薬をひたすら飲んでいたのですが一向に回復せず。こんなご時世なので、図書館やスーパーなど外出先で咳込んでしまうと怪訝な目で見られることも多かったので、なるべく外出を控えつつ、やきもきしながら落ち着かない日々を過ごしていました。

そんなある日、昨年のちょうど今頃も同じ症状で悩んでいたことを、ふと思い出しました。2ヶ月続く咳に、百日咳ではないか?肺に傷が付いてないか?など、かなり気を揉みながら病院に通っていたことを—。

「あ、もしかして、喘息!?」

次女は生後2ヶ月の時に、RSウィルスという病気にかかり入院しました。秋田に引っ越してきてすぐの頃。新しい環境に慣れようと焦った私があちこち連れ回してしまった結果、かかってしまった病気です(ごめんなさい…涙)。生後間もないRSウィルスは後遺症が残ることも多く、経過に気を付ける必要があります。その後、何事もなく元気に暮らしていたので病気のことはすっかり忘れていましたが、思い立ってかかりつけ医に話したところ先生もハッとした様子で喘息の薬を出してくれました。

診察では喘息の兆候がなかったため今まで気付かれなかったのですが、肺に傷が付いていたり弱っていると咳が抜けにくくなることがあるようです。特に季節の変わり目は要注意だとか。

喘息の薬を飲み始めたら数日で咳がパタリと止まり体調も回復しましたが、夜中に咳込んで嘔吐することも多かったこれまでを悔やみながら「あぁ、なんでもっと早く気付いてあげられなかったんだろう…」と、久しぶりに落ち込みました。

このところ毎日が猛スピードで過ぎていたので、ちょっと立ち止まるという基本的なことができずにいました。もちろんそんな事にさえ気づいていなかったのですが、目に見えることや現象に捉われ過ぎず、その背景に何があるのか? なぜそうなったのか? など、見えない根本的なところに想像力を働かせることは大事だなぁと。母業4年目、まだまだ恥ずかしいくらいのひよっこです。

何はともあれ、やっぱり健康第一。ただそれだけで、ありがたいと思える今日です。夜は、金継ぎのうつわでアイスを食べようと思います ( *´ 艸`) フフフ。

 

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